昨日にひきつづき、Blue Bottle Coffee。日本の茶から着想して生まれた西海岸のコーヒーブランドであるからにして、何かの縁を感じる(勝手に)。
さて、まだ正月をすこしだけひきずった脳内に浮遊するアイディアやmemoをしたためておく。
「正解」ではなく「成熟」を目指す
- これからいよいよ「正解」ではなく「成熟」を目指す東洋的(母性的)思考が重要ではないか。
- それを別の言葉でいえば「発酵」である。
- 深い森を起源とする東洋思想と、砂漠から生まれた西洋思想。
- 事業家としては事業成長を考える上でも、「成熟」・「発酵」的なアプローチをとりたい。そのための思考法や行動はこれから体現していこう。
「デュアル」と「編集」
- 松岡正剛さんが言う「デュアル」「編集」は僕にとっての本丸ではないか。
- Vannではチームとして、ここを深められないか。そのためにも僕個人が深めていくことが大事か。
新ブランドのこと
- 新ブランドの成長は“泥くささ”にかかっていて、それが何を指すかはシチュエーションによって変わる。それを見極めてメンバーがそれぞれの持ち場を守りつつ全身全霊でとりかかる必要があり、僕はそれを指揮することが仕事(かもしれない)。
まとめると
過去の日記を読むと、僕に(本来は)なじみのない資本主義的・競争社会的な思考が垣間見える。それは無理しているようでもあり、必死でインストールしようとしているようでもある。
でも、結局だいたい7年くらいのノーマッド・フリーランス的なライフスタイルで知ったことは、そいつは合わない・なじまないということ。
そこからこのエントリーでも書いたような東洋思想的なアプローチを模索して、ちょうど時代もそちらにバランスしているような感覚がある。
この辺の話は自分がより自然体でいられる、というHAPPYな話。Let it beということでいいのだけど、社会に対して僕ができることは引き続き模索していかないとならない。そう思っている。
ここで書くことも、日記も、学びのログや英語学習も、すべて僕自身のためになっている。それを、何らかの形でアウトプットしていくのだ。それは、「したい」というより何らかの大きな使命感につき動かされて「する」、あるいは「やりきる」といったものに近いと思う。いずれ、そうなるのだろう。
話は変わるけど、Vaundyはすごかった。Adoもすごい。2000年よりあとに生まれた若者たちのように、僕も人を感動させる何かを生み出し、広げていきたい。
それが何かまだわからないけど、すでに萌芽はあちらこちらに見えているはずだ。